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大関隼アナ「2011年、賭け納め」 [実況アナ! , アナウンサー リレーコラム]

2011/12/30(金) 22:40

 色々な場所で宣言していた通り、12月30日、ここに行って来ました↓


湘南バンクの入り口です

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中野雷太アナ「2011年、反町夫妻にやられました」 [実況アナ! , アナウンサー リレーコラム]

2011/12/22(木) 21:54

 今夜、長男の通う保育園のクリスマス会に参加してきた。昨年に続き2度目、その昨年は始まる前からステージ脇で大泣き。幕が開いてもひたすら泣きわめき、何もできずに終わってしまったが、一年の時を経て3歳となり、そしてあの時の経験が生きたのか、2度目の今年は、実に堂々たるステージを披露した。まるでセンター・マエアツさんのように?りす組さんの仲間達をリードするかの振付で、余裕のパフォーマンスを見せてくれた。「こんな程度じゃ物足りない、上の子達と一緒にやりたい」それくらいの勢いでもあり、この一年で、この子がどれだけ成長したかということを、普段とは違う形で認識させてもらった、貴重な夜だった。

 一方、次男はもう8ヶ月となり、すっかり“ずりばい”はお手の物、声を発し、自己主張をしながら、王様顔で我が家に君臨している。そんな彼はお兄ちゃんにも容赦無い。大切なおもちゃをとるなど、お兄ちゃんの嫌がることをして、すぐお兄ちゃんを泣かしてしまう。それでケラケラ笑いながら、さらにお兄ちゃんを叩いたりするから、本当にたちが悪い。3つ違いの兄弟、これから先、どんな兄弟喧嘩が繰り広げられるのか、興味深いが、勘弁してもらいたい気も今からしている。

 さて、今年はそんな下の子が生まれたこともあり、これまでのどの年以上に、テレビドラマを見続けた気がする。なぜドラマか?まず何より、お金をかけずに楽しむことができ、そしてリアルタイムで見られ無くとも、録画しておけば、下の子の子守りついでにいつでも見られることが大きい。毎日、何かしらのドラマがやっていることから、ネタには絶対困らない。そして午後の再放送まで含めれば、その量はとにかく膨大。てな理由から、今年はひたすらドラマを見た。そんなことで、今回はドラマの話を。

 昨夜放送された「家政婦のミタ」最終回が、なんと視聴率40%で、今世紀最大のヒット、歴代でも3位タイと、とてつもない数字を叩き出した。とにかく話題を独占した「家政婦のミタ」、もちろん我が家も欠かさず見ていた。毎回、次はどうなるのか?が気になってしかたが無かったこのドラマ。震災後の、今の日本にピッタリな中身。そして同じ父親として「どうなのよ?」と思えてならない、情けない(かった)一家の主、それぞれ苦しみながらも頑張る4人の子供たち、曲の雰囲気と歌詞がドンピシャだった主題歌含め、全てがかみ合った、素晴らしい作品だったと思うが、やはりミタさんを、あの松嶋さんが演じたことが大きかったのだろう。あの松嶋さんが「それは業務命令ですか」「承知しました」「お暇をいただきます」と無表情で演じ続ける姿はとにかく新鮮、多くの家庭で「ミタさんごっこ」が流行ったのはまず間違い無いと思う。我が家も(僕が勝手に)トライしたが、いつも妻に「お暇を…」と言われ即終了だったのは悲しい限りだが。

 また、ドラマの大ヒットに合わせ、ミタさんの衣装やカバンが、バカ売れしているという話も聞いた。確かに、あのドクターズバックは魅力的であり、自分としても、使ってみたい気がする。あれなら、双眼鏡やA4サイズが多い競馬の資料を入れるにもピッタリだろう。値段は65000円、日々使う、使い続けるカバンなら、これくらい払ってもと考える人も多いのではないだろうか。だが、何より僕が興味を持ったのはミタさんのエプロン、あれは渋い、渋すぎる。7500円で売っているとの情報を掴んだので、妻にプレゼントと思ったが、「いらん」と、アッサリ却下されてしまったのは悲しい限り。その他、ダウンは86000円で、何とか言うブランドの今季限定カラーだということ。あれもプレゼントしたい気持ちはあるのだが、ちょっとお値段が……ね。

 と、「家政婦のミタ」一人勝ちなことばかりがクローズアップされている今クール(10~12月期)のドラマだが、年間を通じてみると、実はそうでも無い。どのドラマも、結構凄いのである。今年放送されたドラマを平均視聴率で見ると、「家政婦のミタ」が25%で断トツ1位であり、2位は4~6月期に放送された21%の「JIN」。そして何と、その後3位~6位までが、今クールに放送されたものばかりなのだ。色々言われた「南極大陸」が18%で3位、以下「私が恋愛できない理由」「謎解きはディナーの後で」「妖怪人間ベム」が15%台後半で続く。現在6位の「妖怪人間ベム」が、あれだけ話題となった「マルモのおきて」(現在7位)と、ほぼ同水準なのである。「マルモ」だって、最後は「JIN」を食うかと言われたくらいのヒット作だったにもかかわらずだ。今クールのドラマ達は、本当にどれも凄い。

 だが、純粋に今年のドラマを見続けた者として、そんなに今クールのドラマの中身が、他のクールのドラマと比べて良かったかと言われると、やや首を傾げたくなってしまうのが本音である。他のクールにも、面白いドラマは沢山あった。何がこれまでと、そんなに違ったのか?正直、理由がよくわからない。何か、別な理由があるのではないだろうか?と考えてみた。

 ドラマの視聴率が高い→その時間、家にいる人が多い→外で飲食をあまりしていない→すなわち、「日本が不景気だ」ということなのだろうか?今年の日本の景気は、震災の影響で、4~6月期は悪化するも、かつて(震災後の当時)は、生産回復、復興需要などで7~9月期以降確実に上向くと言われていた。だがふたを開けてみれば、円高やヨーロッパ問題の影響もあり、結果全くそんなことは無かった。それがダイレクトに、ドラマの視聴率にも現れたと考えられ無くはないか?そんなことを、ドラマの視聴率ランキングを眺めていて、ふと思った。全体的なドラマの視聴率って、景気のバロメーターになるのかもしれない、と。

 そんなことはさておき、話をドラマネタに戻そう。個人的な感想を言えば、今年のドラマ、「家政婦のミタ」はもちろん良かったが、4~6月期、火曜22時台に放送された「グッドライフ」も良かった。個人的なワンツーは、この2作品となる。「グッドライフ」は、家庭を全くかえりみなかった仕事人間が、妻に出て行かれ、息子と突然2人暮らしをする(せざるをえない)ことになり、息子(白血病だったことが判明)と一緒に、親子向き合って生活することで、どんどん人間として変わっていく姿を描いた感動的な話だった。こちらは「ミタ」と違い、視聴率は8%台と低かったが、妻と一緒に毎回ボロボロ泣かされた。JUJUさんの主題歌「また明日」を聞くたびに、自然と涙がこぼれた。その主演は反町さん、そう、今年の中野家は、「反町(松嶋)夫妻」に見事にやられた1年だった。

 来年も、早速年明けから、面白そうなドラマが続々オンエアされる。どんな名作に出会えるのか?万年不景気な私は、それをささやかな楽しみに、来年も頑張りたいと思う。


 

小林雅巳アナ「自叙伝のタイトルは『106億負けた男』か!?」 [実況アナ! , アナウンサー リレーコラム]

2011/12/06(火) 14:02

 今年もいろいろ驚いたことがありました。その中で特に印象に残っていることは2つあります。良いことでは、なでしこジャパンが世界一となった女子W杯決勝でのPK戦ですね。PK戦を前にして円陣を組んだ後に佐々木監督がニコニコしながら手を叩いていたシーンにはビックリしました。これまでなら男女問わず大舞台での緊迫した場面では、監督というのは「鬼のような形相」までいかなくても気合が入りまくっていた顔でいたと思います(無表情なのは中日の落合前監督でしたが)。ところが、あの笑顔。決して作り笑いではなく、普段から笑っているからこそ出来る表情だったと思います。そして熊谷選手が世界一を決めた瞬間は今年のハイライトシーンだと思います。

 一方、悪いことで驚いたのは、あの大手製紙会社の元会長さんです。以前競馬場である人が、「俺は何を買うかじゃないんだ。いくら買えるかなんだ」と言っていたことがありましたが、100億も突っ込むとは実に景気のいい話というか、ひさしぶりにスケールの大きな話を聞いた気がして驚きましたね。カジノで使う目的でグループ会社7社から借りた総額は106億8千万円ですよ。まぁ、ギネスブックには載らないとは思いますが、「個人がギャンブルに使った金額の日本レコード」であることは間違いないでしょうね。

 あの元会長さんは東京大学法学部卒業だということですが、学校の勉強はできても博才はなかったのでしょうね。しかし、数百万、数千万単位で勝負するってのはどんな感覚なんでしょう。私なんぞ競馬場で「ああ、今日は1万以上ヤラれちゃったよ~。来週の出張費がないよ」と嘆いているのですが、1日に1万円負けるとして1年50週で計算すると1万円×2(土日)×50週=100万円ですよね。1億は100万の100倍だから106億円負けるには、ええと、何年かかるのかというと‥‥バカな計算をしても仕方ありません。

 とにかく元会長さんと同じく博才のない私は来年もつつましく馬券を買っていくだけです。でも、WIN5の億馬券なんて贅沢を言わないから、一度でいいから3連単で100万馬券をとってみたいなぁ。


 

大関隼アナ「ワタクシも菊花賞の話を」 [実況アナ! , アナウンサー リレーコラム]

2011/10/19(水) 17:09

 ダービー馬が5年ぶりに登場する今年の菊花賞が、三冠のかかる大一番ということで、僕もそんな菊花賞の思い出を今回は書いてみたいと思います。

 僕がハッキリとテレビで見た記憶のある最初の菊花賞は1992年、ミホノブルボンが三冠をかけて出走した年です。当時小学校3年生(9歳)なのに競馬好きになっていた僕は、「ミホノブルボンがトライアルでも強かったし、あっさり勝つんだろうな」と思いながらテレビに向かっていました。しかし、隣にいた競馬歴約20年の父親は「どんなに強くたって、マグニテュードの産駒に3000mなんて長い。負ける可能性は十分ある」と言っていました。「あんなに強いミホノブルボンが負ける?」と不思議に思いましたが、ご存知の通り、レースはまさに父親の言葉通りの結末でした。リアルシャダイ産駒のライスシャワーが直線でミホノブルボンを差し切って三冠を阻止し、ミホノブルボンはマチカネタンホイザに最後は詰め寄られ辛うじて2着。そこで僕は「三冠」がいかに難しいものであるかと、血統の奥深さを子供心に知る事になったのです。

 と思いきやその僅か2年後、ナリタブライアンという歴史に残る名馬が出現しました。当時小学校5年生(11歳)の自分は当日朝からドキドキしたもので、午後2時30分からずっとテレビの前にかじりつき、今か今かとスタートの時を待っていました。そして、いざファンファーレが鳴ると、父親は真剣な顔でこう言ったのです。「いいか、よく見とけよ。三冠馬が出るところをリアルタイムで見られるなんて、一生のうちに何度もないんだからな!」と。そしてナリタブライアンは圧勝。またしても、レースは父親の言葉通りの結末でした。

 その当時から「三冠のかかった菊花賞」ほど胸が高鳴るレースは無い、と思っていました。大学生になってからはネオユニヴァース、ディープインパクト、メイショウサムソンと三冠達成がかかっていた菊花賞が三度。一度は京都で見たいな、と思っていたものの、菊花賞の頃は青春18きっぷの期間外。貧乏学生の自分は京都までの旅費を出すことを躊躇してしまい、それは実現しなかったのです。

 大学卒業後、想像もしていなかった競馬実況アナという職に就き、入社2年目から早くも菊花賞を現地で見ることになる、というこれまた想像していなかった経験をしました。勿論、現地で見る菊花賞はワクワクするものだったのですが、テレビや東京競馬場のターフビジョン越しに見ていた「三冠馬誕生のかかる」菊花賞と比べると、どこか冷めていたのも確かでした。

 それが今年は違います。菊花賞の週に今年も京都へ出張できると知った時から、1994年の菊花賞当日の朝のような、ドキドキした気分が続いています。関西出張は既にたくさん経験しましたが、こんなに関西に行けることが嬉しく感じられたことが今までにあっただろうか? と思えるくらいです。

 しかも、当日の仕事は午後の司会進行。中野アナのすぐ隣で菊花賞を見届けられるとは! 今の自分にこんなに光栄な事はありません。僕も初めて現地で見る「ダービー馬のいる、それも3冠の期待かかる菊花賞」を、存分に楽しむつもりです。そして、現地の雰囲気を中継を通じて沢山の方々に、少しでも鮮明に感じて頂けるように、しっかりと仕事を務め上げたいと思います。


 

中野雷太アナ「菊花賞」 [実況アナ! , アナウンサー リレーコラム]

2011/10/12(水) 18:11

 たまにはここでも競馬の話を、中野雷太です。

 3冠の期待かかるオルフェーヴルの登場により、今年は注目度の高いこのレースも、直近の4回は、まるでそんなことも無かったように思います。牝馬のウオッカがダービーを勝った07年からの4回、ダービー馬が出走することの無かったこのレースは、「最も強い馬が勝つ」と言われたかつてのような、世代最強を決める一戦というムードは、正直あまり感じられ無かったように思います。

 僕が初めて菊花賞をテレビ観戦したのが94年秋、そう、ナリタブライアンが圧勝し、3冠馬となった時のこと。前夜、バーでのアルバイトをこなし、当然のように?朝まで飲んでいた20歳の自分。レース当日、ふと目が覚めると、発走時刻をゆうに過ぎていました。「やばい!」そう思ってテレビをつけると、すでにレースは2度目の坂の下り。直線抜け出すナリタブライアン、それに対し「弟は大丈夫だ」と語る杉本清アナ。その瞬間は、その意味がよくわかりませんでした。ですがその前の週、初めてテレビ観戦した天皇賞(秋)で、「絶対負けないから」とバーの先輩に言われたビワハヤヒデの敗戦を思い出し、「なるほど」と、ようやく理解できたのは、その数時間後のこと。そうです、まさに94年秋が、僕と競馬との出会い。そして当然ではありますが、この頃、まさか後に、自分が菊花賞に携わる人間になるなんて、夢にも思っていませんでした。それどころか、アナウンサーに、それも競馬実況アナになるなんてことも、全く思っていませんでした。

 ですが、そこから競馬に興味を持ち、毎週テレビで観るようになった自分。翌年秋のオールカマーが台風の影響で月曜日に行われたことが、まさに人生の分岐点。ナリタブライアンの3冠達成の翌週に、エリザベス女王杯(当時はこういう競馬番組だった)での大接戦を制したヒシアマゾンに興味を持ったこと、その馬を一目見ようと、大学の試験を捨てて?中山競馬場に向かったことが、僕の人生を変えたのでした。

 その頃からしばらくの間、僕の中で最も好きなレースは、断然「菊花賞」でした。なんだかんだで、世代の「最も強い馬が勝つ」ことには、過去を振り返ってみても(当時の)変わりなかったように思っていたからです。ところが、97年の入社以降、すぐさまそのムードは変わったように思います。以後の菊花賞、歴史を振り返ってみても、「最も強い馬が勝った」のは、3冠馬が誕生した05年含めいくつか、と言っても過言では無いほど、その位置づけも変わってしまったように思います。そして3冠がかかる年以外、ダービー馬が出走すらしないレースへと、すっかり変わってしまいました。長距離よりもスピード重視、距離は2400mまで。時代の流れと言ってしまえば、それまでかもしれません。でも、心の中では「最も強い馬が勝つ」菊花賞を目の前で観てみたい、ずっとそう思っていました。

 2年前の今頃、栗東トレセンで、僕に対して菊花賞をはじめとする長距離戦の重要性を語ってくれた調教師がいました。「長距離戦があるからこそ、馬も人も鍛えられるのです。どうやったら、あの舞台を克服できるのか。それを考えて調教していく過程は、馬にも人にも、非常に重要なのです。だからこそ、ここから逃げてはならない。ここを克服してこそ、人も馬も、本当に強くなれるのです」。その方は、そう僕に語ってくれました。その方とは、今オルフェーヴルを管理する池江泰寿調教師。あの言葉、それを語る師の表情。競馬アナである僕にとって、あの言葉は、一生忘れられない、大切な宝物です。

 今年は久々に、菊花賞の真髄が見られそうです。今日は12日(水)、本番まであと11日。気がつけば、菊花賞の実況も5度目となりました。初めて経験する、ダービー馬のいる、それも3冠の期待かかる菊花賞、存分に楽しみたいと思います。

 そして全てが終わった後、大先輩・藤田直樹アナらと一緒に飲めるビールを、ただただ楽しみにしています。その味ももちろんですが、皆と一緒に、心から笑える自分であるように、そう思っています。


 

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