中野雷太アナ「Thanks!関西」 [実況アナ!]
2010/01/19(火) 12:28


これを書いている今日1月18日、家族3人で京都にある下鴨(賀茂)神社へ初詣に行った。京阪の出町柳を降り、糺の森を抜けてお参りするこの神社は妻のお気に入りであり、結婚後最初の2008年から3年連続で、我が家の初詣はここだ。週末より気温も上がり、天気も良かったので、その独特の空気が本当に心地よかった。

思えば3年前、転勤直前の僕は、京都のことなど何も知らなかった。それこそ、修学旅行で訪れた金閣寺や清水寺に、嵐山へ行ったことがある程度。ちょうどその頃、京都通の舩山アナに、祇園や八坂神社を案内してもらい、石塀小路の素敵な和食店へ連れて行ってもらったのだが、風情ある街の佇まいに「へえ、これが京都か……」なんて感心させられたものだった。それが今では、それなりに京都の街のこともわかるようになった。鴨川を挟んで、東西南北で自分なりのお気に入りスポットも数多くできた。全ては京都好きな妻のおかげだが、やはり転勤しての3年という月日がそれを可能にしてくれたのだと、今あらためて思う。

そして大阪である。それこそ、3年前の今頃まで、僕は大阪のことを何も知らなかった。転勤が決まった2006年秋以降、何度も足を運んで下見を重ねたが、実際のところは、住んでみなければわからないし、正直少しは不安もあった。だが大阪という街は、僕にとって、最初から素晴らしい所だった。飯は安くて美味いし、都会だし、何でも揃うし……とにかく暮らしやすく、快適そのもの。「こんな街だったのか!」あの頃覚えた感動は、3年が過ぎた今でも、実はあまり変わらない。今でも、僕はこの街が大好きであり、もう2度と、こんな素晴らしい街・環境には住めないだろうくらいに思っている。

僕の拠点はいわゆる“ミナミ”の中心だった。難波、心斎橋、道頓堀、千日前、船場、アメ村……このエリアが面白いのは、道1本隔てるだけで、街の表情がガラリと変わること。その時その時で、常に新鮮な表情を見せてくれて、飽きることが全く無い。そして何より、僕にとって1番だったのは、住んでいた堀江という街。あの有名なグリコの看板から、道頓堀川沿いに徒歩5分くらいの場所にもかかわらず、静かで、落ち着いた、小洒落た雰囲気を持ち、ここでの毎日は本当に楽しかった。僕にとって、この街は全てが理想的。飲食店も含めて、何件もお気に入りの店ができた。かなりコアに、3年を過ごさせてもらった。またいつでも訪れたい、帰ってきたい、僕にとってそう思える街に出会えたことを、素直に感謝したい。

そんな大好きな街での生活もあと数日。残りの毎日が、毎時間が、1分1秒が、僕にとっては非常に大切な時間。来週の今頃は、もう関東への引っ越し。今日は大好きな鍋焼きうどんを食べに道頓堀の名店・今井へ行った。まだまだ行きたい店は山ほどある。思いっきり、最後の大阪生活をエンジョイしたい。

と、もう関西ライフがまるでお終いのようなことを書いてきたが、実はそうでは無い。僕の関西生活は、2月15日まで、まだあと4週ある。来週関東への引っ越しを終えた後、再び関西へ戻って、残りの期間は京都での生活。大阪同様に、僕は京都も大好きになった。この期間を終えると、もうそうそう簡単には、こちらに来られない。だから京都の街を、思う存分に楽しみたい。堀江のように、素晴らしい発見が出来たらいいな、そんなことを思っている。

自分のモットーは、常に「今が一番」である。幸いなことに、僕はこれまでいつもそう思えた、超ラッキー人間。他人からすれば、僕の言う幸せなんて、ちっぽけなモノかもしれないが、僕が納得して、満足しているのだからそれで十分。来月からの、関東での新生活を始めるにあたって、これからも、いつもそういられたらと思うし、またそうなれるように、努力していかなければならないと同時に思う。自分はもう一人ではない、養わなければならない家族もいる、責任は重大。とは言うものの、未来を想像するって、単純にワクワクするし楽しいから、気楽に大好きなんだけど(笑)。

そして、その素晴らしい環境に、今度は小塚アナが飛び込んで行く。彼のことだから、きっと新たなる“伝説”を、刻むことであろう。それがF巻さんのコラムネタで終わる?かどうかは定かでないが、我々が想像もつかないような、“新伝説”の誕生を、僕は願ってやまないのである。