小林雅巳アナ「10年前、そして10年後」 [実況アナ!]
2008/10/21(火) 20:28


 先月9月27日は10周年の記念日でした。『顔面神経麻痺発症10周年記念日』だったのです。平成10年9月27日、その年の札幌開催の最終日に私の顔の左半分は動かなくなりました。前日の26日は札幌3歳ステークスの馬連10万3510円を的中させ、初めて1000倍の馬券をとって大喜びし、夜には渡辺アナとススキノの寿司屋に行ったものでした。その翌日の朝、本当に突然でした。ショックでしたねぇ。

 札幌から戻ってから治療が始まり、入院、手術。仕事は当然ながら出来ず、サイレンススズカの故障したシーンは家のテレビで、セイウンスカイが3000メートルを逃げ切ったレースは病室のテレビで見ていました。結局仕事に戻るまで6ヶ月かかりました。

 あれから10年。早いものです。この10年を振り返るといろいろな事がありました。この間に次男が生まれ、当時3歳だった長男は生意気な中学生になりました。当時は馬連で万馬券を狙っていましたが、今は3連複や3連単ばかり買っています。社名も変わって「ラジオたんぱ」の名前は消えました。そして、この10年で競馬中継のプロデューサーだったHさんと広瀬アナウンサーが亡くなりました。

 10年前の顔面麻痺になる前に子供と撮った8ミリビデオを見ると、やはり顔は老けましたね。白髪も増えてカミさんから「染めたら?」と言われます。体力も確実に衰えました。先日会社で健康診断があり、視力検査をしましたが、どうも左目の視力がガタ落ちしたようです。今は競馬新聞の成績の細かい字が見えなくて苦労しています。

 しかし、精神年齢は変わっていませんね。偉そうに言えたことではないのですが、どうも学生の頃からのノーテンキで無責任なところは相変わらず。「四十にして惑わず」なんて言葉がありますが、不惑の年なんてアッと言う間に過ぎ去った感じです。

 で、10年後はどうしているだろう、と思いました。10年後、私は57歳です。(ヒエ~!)ううむ、その時はレース実況はしていないでしょうね。今でもヘロヘロなのに、あと10年たったら馬は見えない、口は回らない、声は出ない、ということになっているでしょう。今、現役として実況している白川アナは60歳を越えていますが、見ていて凄いなぁ、と思います。自分は60歳を過ぎたら無理だろうなぁ、と思いますね。10年後にモタモタしゃべっていたら、大関アナなんかに「小林さん、ちゃんとやって下さい。お願いしますよ」と言われそうだよなぁ。そうそう、仕事はともかく今後の10年で一度でいいから50万ぐらいの万馬券をとりたいですね。●本アナがゲットするとんでもない万馬券は無理だと思うので、50万、いや30万ぐらいでもいいなぁ。