大関隼アナ「10年前の言葉」 [実況アナ!]
2008/08/29(金) 13:59


 先日、中学校の同窓会に行って来ました。中学を卒業してほぼ10年経ち、社会人になった友達も多かったので、話題の中心は自然に仕事の話へ。そこで僕がラジオ局のアナウンサーになったと言うと「えー!じゃあ、あの時言ってた通りになったんだ」と言われたのです。

 そこで思い出したのが、中学1年の時のこと。英語の教科書に色々な職業の英訳が載っているページがあって、授業中、先生の「この中にお前がなりたい職業あるか?」という質問に「アナウンサー」と答えていたのです。当時、テレビで見た「高校生クイズ」や「アメリカ横断ウルトラクイズ」で何万もの人を熱狂させる福沢朗さんに漠然と憧れていたので、そう答えていたのでしょう。高校、大学と時が流れて忘れてしまったのですが、子供の頃公言した夢が現実になった訳で、何て自分は運に恵まれてるんだと思ってしまいました。

 かつて谷亮子選手がシドニーオリンピック直前に「最高で金、最低でも金」と公言してそれを現実にしたように、夢は公言すると実現しやすい、とよく言われます。10年前、僕は全く意識していませんでしたが、漠然とでも夢を公言したことが、結果的に今の自分を作った一因になったのかも知れません。

 そして友達と話を続けていく中で「これから先は?」と聞かれました。いつもよりビールが進んでほろ酔いになった中で出た言葉は「地元に貢献できたら」。今の自分の仕事とどれだけ関係があるんでしょう?ただ今も、地元茨城に深い愛着を抱いていることは事実なので、いつかは何かの形で…と思っています。